その53 無酸素運動の勧め
前々回の一口メモで「デスクワーク症候群」について書きましたが、2020年にWHO(世界保健機構)から「身体活動および座位行動に関するガイドライン」が出ました。簡単に表現すると、適度な運動をして座りっぱなしの時間をできるだけ少なくしましょう、とういことです。

成人の場合、有酸素系の身体活動を週に150~300分行うと健康上の利益があると記されています。健康上の利益とは、総死亡率、循環器疾患の死亡率低下、がんの発症、糖尿病発症の予防、メンタルヘルスの改善、認知症、睡眠の質、肥満の改善される可能性です。有酸素運動は酸素を使用し時間をかけて行う継続的な運動無酸素運動は酸素を使用せず短時間で行う強度の高い運動のことです。有酸素運動では脂肪酸、無酸素運動ではグルコースが主に利用されています。

ある運動が有酸素運動か無酸素運動かは、各個体によって異なります。運動強度を上げていくと、有酸素運動から無酸素運動に切り替わる地点があり、これを無酸素性作業閾値(AT: anaerobic threshold )と言います。ATとは嫌気性代謝閾値の略で、運動が激しくなってくると、筋肉のエネルギー消費に必要な酸素供給が追いつかなくなり、血液中の乳酸が急激に上昇し始める運動の強さです。ATの測定は、運動中にマスクを装着して呼気中の酸素と二酸化炭素炭素濃度から測定します。

有酸素運動は、脂肪と糖質をエネルギー源としますが、無酸素運動では酸素を利用しないため、解糖系という糖質のみをエネルギー源とします。持続可能時間は30-40秒です。

具体的な運動強度はMETS表を参考にします。例えば1METSは静かに座っているとき、3METSは歩いているとき、6METSはジョギング、10METS はラグビー、11METSは水泳クロール、そして15METSは階段の駆け上りです。これをもとに消費カロリー計算ができ「消費カロリー=METS ×時間×体重」となります。



厚労省ホームページ 運動強度表

つまり体重60kgの人が1時間座っていると60kcal、1時間ジョギングすると360kcal消費されます。通常成人男性の1日摂取カロリーは2000~2400kcalと言われていますので、全て消費するのは大変です。ATの値は人によって異なり、一般的には6METS(ジョギング)前後です。一方で、心筋梗塞後の人は3METS(歩行)前後、アスリートは9~10METSと言われています。

運動指導をする際には、心臓、肺疾患のある人には、ATを超える運動(無酸素運動)を続けると体に負担がかかりすぎ、不整脈が増えたり乳酸やリン酸などの疲労物質が増加するため、ATを超えないような運動(有酸素運動)を勧めます。

ATを上げるためには、心肺機能を強化し酸素摂取能力を高めると高い運動強度でも酸素不足が起きにくくなります。最も有効と言われているのが、有酸素運動と無酸素運動を組み合わせたインターバルトレーニングです。1分間のジョギングと10秒間のダッシュを繰り返す方法です。

診療中に「運動してますか?」と質問すると「毎日ウォーキングを1時間しています」と言う人がいます。有酸素運動であっても長時間行うと、体内に炎症物質が増える事が報告されており、体に負荷をかけない運動は心肺機能を高めることは出来ません。

「忙しくてジムにいけません」と言う人もいますが、そう言う人こそ短時間でできる無酸素運動をお勧めします。無酸素運動を短時間、定期的に行うことで、個体の最大酸素摂取量および乳酸性閾値が高まり、疲れにくくなります。

適度な有酸素運動(通勤時の歩行)と短時間(1分以内)の無酸素運動を毎日行うことで、時間をかけずに心肺機能(運動能力)を高める事ができ、疲れ知らずになりますよ。

以上です。
2023.09.22 17:28 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 健康一口メモ
その52 マイクロストレスについて
今月号のハーバードビジネスレビュー(HBR)で「マイクロストレス」が特集されています。



マイクロストレスとは
日常経験する些細な事柄や楽しいとさえ感じていること(マイクロストレス: 自分がストレスと認識していないい刺激)でさえ、積もり積もると私たちの脳機能を阻害する原因になります。

明らかなストレス刺激に対しては、それを回避するための無意識な防衛機能(その場から離れる、深呼吸をする、泣く)が元々備わっています。ところが、その刺激がストレスフルでない程度の刺激では、そのような防衛機能が働かないため、解消されにくく蓄積しやすいと言われています。

ストレス耐性が高い人であっても、明らかなストレス刺激には対応できるかもしれませんが、マイクロストレスの蓄積は避けられません。一般にストレスを解消するには、睡眠、運動、散歩、瞑想、おしゃべり、美味しいもの、など皆さんも通常心がけていると思います。

マイクロストレス蓄積の症状
マイクロストレスが蓄積すると、疲れや辛さは感じないものの、脳内の作業記憶(コンピュータのRAMのように、一時的に情報を保持しておく領域。前頭葉にある)が縮小してしまいます。考えが先に進まない、単語を言い間違えるなどbrain fog と呼ばれる状態になります。

今回のテーマは「ストレス解消方法は既知のものとして、マイクロストレスの素を減らすこと」です。

マイクロストレスの分類 (Rob Cross 2023、一部改変)
1.業務上のマイクロストレス(capacity draining)
・自身の業務の流れを妨げられるような上司の指示、部下のミス、顧客のクレーム。
・深夜、休日の仕事に関するメール。
・時間や約束に少し遅れる。
→ 責任を共有する。自分で抱え込まない。遂行困難な依頼を断る。時間、約束を厳守する。

2.感情のマイクロストレス(emotion depleting)
・ネガティブな発言や極端に大きな声や小さな声。
・挨拶の欠如またはそっけない表情。
・話を聞くときの態度。
→ ネガティブな言葉を使わない。にこやかに挨拶する。相手に体を向け話に集中する。

3.個人的なマイクロストレス
・望まない身内や知人との関係。
・ダラダラ続けている趣味やそのコミュニティ。
・家にある不要なもの。
→人間関係を整理する。趣味を絞る。押入れのものを全部出してみる。

マイクロストレスから逃れることは困難ですが、各人がマイクロストレスを発しないように律する必要があるということです。

私自身も大いに思い当たることがあります。先日、家中の洋服(子供含む)を整理したら、ゴミ袋10袋分出ました。また、28年間大切に乗っていた車(ユーノスコスモ)を手放しました。寂しい反面、心が軽くなりました。


以上です。
2023.08.22 11:52 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 健康一口メモ
その51 デスクワーク症候群(上半身編)
皆さんは1日何時間座っているでしょうか。
長時間悪い姿勢で座っていると下の図のように、①首の前面が緩み、②後頭部から肩が緊張し、③背部下部が緩み、④胸部前面が緊張します。



上位交差症候群(Upper-Crossed Syndrome :UCS ): 座位での不適切な姿勢によって、筋緊
張のアンバランスが起こります。

その結果、
1)頭部の前方姿勢 anterior head carriage
2)巻き肩 rounded shoulder
3)猫背 hunchback
になり、頭痛、肩こり、肩関節の可動制限、腰痛などの原因になります。

デスクワーク中は腕が体の前にあり、体の前面の筋肉(大胸筋)が緊張して、体の背面の筋肉(僧帽筋、三角筋、広背筋)が弛緩しています。下の図のように僧帽筋、広背筋は背部の広範囲をカバーしており、頭痛、肩こり、腰痛に深く関係しています。



https://www.mcdavid.co.jp/sportmed_anatomy/shoulder/

通勤中の荷物も姿勢に影響します。ショルダーバッグ、リュックサック、手提げ鞄の順に姿勢に悪影響があると言われています。

また、筋トレで体幹前面の腹筋、大胸筋のみを鍛えていると、上記のような背部の筋肉が緩みっぱなしになり、ますます猫背を助長します。

UCSへの対策
①大胸筋周囲を拳で擦って柔らかくする。
②三角巾を反対の手で掴んで腕をゆっくり大きく回す。
③手を後ろで組んで後ろに強く引っ張る。頭を後ろに倒し、舌を前歯の前に差し込む。

上半身の血の巡りが良くなって、頭がスッキリしますので試してみてください。

最後になりますが、下記の図を参考にして正しい姿勢で仕事をすると、集中力が高まり、疲労感も少なくなりますので実践しましょう。


デスクワークで凝り固まった背中を鍛えよう!
頭を体の真上に置こう!
軽く胸を張ろう!

私は毎日最低7時間座って仕事をしています。1日30人前後の患者さんを診察しますが、毎回立って迎入れ、診療が終わってお見送りした後は、その都度体を伸ばしています。

以上です。
2023.07.13 11:20 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 健康一口メモ
その50 気管支炎(咳止めは効きません)
梅雨時になると、咳の患者さんが多くなります。「もう花粉症の時期は終わったと思うんですけど」と不思議そうにされています。
花粉の時期(2月から4月)はスギやヒノキの胞子が原因となって、アレルギー反応を起こします。6月になるとエアコンのダストが原因となって、気管支粘膜の炎症を起こします。ダストの70%以上がトリコスポロンというカビであることがわかっています。

同じ気管支炎でも、花粉症によるものとカビによるものとでは、免疫の仕組みが異なります。前者はIgE(免疫グロブリンE)が担当し、後者はIgG(免疫グロブリンG)が担当します。

人間の生体内に備わる防御反応を免疫と呼びますが、その反応が過剰なものをアレルギーと呼びます。一般的には無害な物質に対し、過剰な免疫反応が起こると全身の毛細血管が拡張し、あらゆる粘膜が腫れてしまいます。その結果、涙、鼻水、咽頭痛、痰、咳など様々な症状が出ます。

皮膚の毛細血管が拡張すると「じんましん」となります。皮膚の血管の周りには、マスト細胞と呼ばれる、顆粒がいっぱいに詰まった細胞がちらばっていて、この細胞が顆粒を放出すると、血管が拡張して蕁麻疹を生じます。顆粒の中に含まれる主たる作用物質はヒスタミンと呼ばれるもので、皮膚の血管に働くと血管を拡張し、血漿成分を血管の外に漏れ出やすくします。またヒスタミンは痒み神経を刺激し、そのため蕁麻疹では痒みを伴います。

気管支粘膜の毛細血管が拡張すると気管支炎になります(図)。


気管支炎の病態

1.平滑筋の肥大
2.粘膜の腫脹
3.粘液の産生

以上の反応によって気管支内腔が狭くなり、息を吐く時に「ピューピュー」と笛のような音がします。気管支喘息などとも言います。

先ほどのヒスタミンが粘膜上に分泌されると、気管支粘膜の感覚過敏が起こります。通常誤って気管に水が入ったりすると誰でも激しくむせますが、気管支炎の場合は粘膜表面の感覚が敏感になっているため、息を吸って風が当たっただけでもむせこんでしまいます。

気管支炎になりやすい人
1. 体質→じんましん、花粉症などアレルギー体質の人。
2. 疲労→疲労状態では白血球の働きが活発になり、炎症物質を放出しやすくなる。
3. 暴露→アレルギーのものになる物質に長時間さらされている人(農夫肺、塗装工肺、
きのこ栽培者肺、室内の埃やカビ、ペット)

気管支炎の治療
1. 環境→原因物質を避ける。
2. 体調管理→疲労、アルコール、不眠などを避ける。自律神経の過緊張をとる。
3. 薬物→抗ヒスタミン、抗ロイコトリエン、吸入ステロイド。咳止めは根本治療ではない(麻薬系物質で脳の反応を鈍くする)ので、長期間の服用は避けてください。

完治するまでに1ヶ月以上かかることが多いので、すぐに治らないからといって治療を中断しないようにしましょう。慢性炎症がある場合は半年以上薬物療法が必要です。風邪を引いたら咳が残る人は、気管支炎になりやすい人です。

気管支炎の後発年齢は小児期(7−14歳)と40歳以降の2つの山があります(理由は不明)。高熱がある場合はウイルスや細菌感染による咳が考えられますが、解熱後も咳が続く場合は上記の薬物治療が必要となります。

上記の通り、一旦長引く咳を経験した場合は、それ以降風邪を引くたびに咳をが残るようになります。早めに受診して、上記の薬物を処方してもらいましょう。少なくとも薬局で咳止めを買うことはやめてください。

以上です。
2023.06.07 14:48 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 健康一口メモ
その49 ストレスを跳ね返す力(レジリエンス)
昨年5月の健康一口メモで「5月病 spring fever」についてまとめました。
https://www.sannoclinic.jp/cafe/archives/art/00033.html

5月病の原因として「4月の環境変化への適応行動が、5月初旬の大型連休で緩んでしまう」こと、その他「日照時間増加、気温の上昇、変わりやすい天気、春の生命の息吹き」など、気象病の症状として感情や行動の変化が起こることを説明しました。医学的には適応障害と診断されます。

今回のテーマはストレスを跳ね返す力(レジリエンス)です。このように環境変化が起こった時に、適応障害を発症する人としない人がいるのは、両者の何が違うのでしょうか。

レジリエンスとは、economic resilience(経済の回復)、skin resilience(肌の弾力)などように「回復力」「弾力」などの意味で使われます。精神医学においては「レジリアンス」と表記され、決まった訳語はありませんが、ストレス要因への「抵抗力」や「対応力」の意味で用いられます。

「キャパ(capacity)が狭い」「キャパオーバー」などといいますが、レジリエンスの高い人はキャパが広いということになります。一般的に子供はレジリエンスが低く、年をとるごとにレジリエンスは高まってきます。一方で、単純な肉体疲労の回復は、年齢とともに低下していくことは言うまでもありません。レジリエンスは疲労を蓄積させない(器を大きくして、溜まったストレスをすぐに排出する)技です。

心理的柔軟性(psychological flexibility)1)という心理学用語もレジリエンスと同義語といえます。心理学者レビンによれば、心理的柔軟性は①変えられないものは受け入れる、②今自分がやるべきことに専念する、③人のせいにしない、④冷静に主張する、⑤自身を俯瞰する、というスタンスから生まれるといいます。

レジリエンスも心理的柔軟性も個人差はあるものの、生まれつき備わっているものではありません。成長とともに身につけていくスキルです。「私は体が硬い」という人は、柔軟体操を毎日行っていない人がほとんどです。レジリエンスを高めるためには、心理的柔軟性の5つのスタンスに沿って、自分の行動と思考様式を軌道修正する必要があります。

レジリエントな人は、ありふれたライフイベントや慢性的なストレッサーに順応したり、速やかに調節することができます(災い転じて福となすことができる、人間万事塞翁が馬を知っている、嬉しいときには自己を律し逆境においてもやるべきことができるetc)。ピンチはチャンスと考えられる人です。

一方で、米国の臨床心理学者ジュリアン・ロッター氏は「自己をコントロールする力が自己の内部にあるか外部にあるか(locus of control)2)」を個人の判断指標として提案しました。この指標が高いほど、自分本位で考え対処していこうとする傾向があるのに対して、低い場合は、他力本願的に対処しようとする傾向があるのです。

ここまで考えると、環境変化で体調を崩さないためには、常日頃から心の柔軟体操を行い、人に頼りすぎず、自分で考えて物事に対応することが大切になります。但し、疲労感が休息によって改善しないときは、無理をせず専門医に相談することが必要です。

季節の変わり目で体調崩しやすい時期ですが、こころと体の柔軟体操を日常生活の中に組み込んで、レジリエントな人(疲れない人)になりましょう。

以上です。

1) psychological flexibility; Levin, M. E. (2012) doi: 10.1016/j.beth.2012.05.003
2) locus of control; Rotter, Julian B (1966) doi: 10.1037/h0092976
2023.05.09 14:15 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 健康一口メモ

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