その70 継続と自己肯定
先日、私が通っている合気道道場の鏡開き式がありました。そこで合気道六段を允可(いんか、武道で昇段の際に用いられる文言で、許すという意味)された80代の方が、ご挨拶されました。「継続する上で大切なことは『自己肯定』だと思います」と。

稽古を続けて行く途中「自分はダメだ、下手くそだ、いくらやっても上手くならない、もうやめよう」と考えたり、逆に「週5回稽古に来て、短期間で黒帯をとった。自分はよくやったからもういいや」と考えたりしてやめるケースが多いのです。その証拠に、道場の名札は初段の人が一番多く、初段をとると稽古から離れてしまう人が多くみられます。

前者は、自分の達成を内面的に認めることができない、いわゆるインポスター(詐欺師)体験といい、1978年米国女性心理学者Clance, P.R.によって提唱されました。後者は、バーンアウト(燃えつき)と言われ、過剰なストレスが影響して稽古を継続できなくなります。いずれの状態も、自己肯定を高めることで回避できるとされています。

また、メンタル不調の方から「自己嫌悪しかないんです」とう言葉をよく聞きます。心身のエネルギーが低下している時に「自己肯定」すること、つまり自分を褒めるということは難しいと思います。「自己肯定」は「自己受容」すること、ありのままの自分を受け入れること、と説明されることもありますが、具体的にどうすればいいのでしょうか。

ここからは私見ですが、次の3つの絵をご覧ください。

赤いハートは自分のこころを示しています。こころの内側の水がこころの外側の水に反応せず、波一つない状態(明鏡止水)が理想です。全く水面が乱れないようにすることは難しいと思いますが、自分を他人と比べないことが大切です。

次の絵はうねる海面にボートに乗った自分を現したものです。うねる海面は気分の波を表しています。
気分が落ち込みそうになった時に無理をしてボートを漕いで進もうとすると、疲れてしまい、余計に落ち込む可能性があります。このような時は、くらげのように体の力を抜いて、気分の波に身を任せると時間とともに自然と気分が回復します。

しかし、いつまでも自然に任せていては進歩はありません。左の図は、こころの中に毛糸の糸が散乱している状態を示しています。若い人はまだ毛糸を巻きとる時間が少なく(経験が少なく)、毛糸の玉も小さく不安定な心性なることは仕方ありません。歳とともに色々と経験を重ねることで、それは徐々に大きくなっていきます。途中で解けてしまうこともあるかもしれませんが、コツコツと巻いていくと芯が大きくなります。そうして絶対的な自己、唯一無二の自己をどんどん成長させます。

「継続は力なり(Practice makes perfect)」と言われますが、継続するためには「自己肯定」が必要で、それはすなわち①他人と比べない、②無理をしない、③できることをコツコツ行うのがよいのではないかと私は考えています。

皆さんは、合気道の演武をご覧になったことはあるでしょうか。合気道の素晴らしいところは、試合がないことです。他者と競い合うのではなく、相手と型稽古を繰り返し、お互いを尊重して技を高めていきます。年齢を重ねれば重ねるほど技に磨きがかかります。私の師範は70代と80代の方ですが、全く抵抗できません。凄いです。

今年はできるだけ稽古をして、少しでも自分の芯を大きくしたいと思っています。

以上です。

合気道 鈴木俊雄師範 

Clance, P.R.; Imes, S.A. (1978). “The imposter phenomenon in high achieving women: dynamics
and therapeutic intervention.”Psychotherapy: Theory, Research and Practice 15 (3): 241–247.
doi:10.1037/h0086006.

HJ Freudenberger (1974).”Staff Burnout”. Journal of social issues
2025.02.19 10:11 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 健康一口メモ
その69 元気が出る漢方薬
新年の診療が始まり、いろいろな患者さんに「今年の抱負は」などとベタな質問をした時に「今年はゴゾウロップについて勉強したい」という方がいらっしゃいました。その方は外資系企業に勤務されているバリバリの会社員です。

「ゴゾウロップ?」と尋ねたところ、中国伝統医学(漢方医学)の「五臓六腑(陰陽五行説)」とのこと。うまい酒を飲んで「五臓六腑にしみわたるなー」という表現が頭に浮かぶことはありますが、「五臓」と「六腑」が何を表すか知りませんでした。

ネットで調べてみると「五臓」とは肝、心、脾、肺、腎とのことでした。これは現代医学における解剖学の臓器とは異なる概念だそうです。この中で、エネルギーの源を「腎気」といい、腎気が衰えた状態を「腎虚」といい、疲労や倦怠感などの症状が現れやすくなると言われています。つまり「腎」とは体内のエネルギーを貯めておく場所と理解されます。このことは紀元3世紀に金匱要略(きんきようりゃく)という中国の古典医学書に記されています。

その翌日にたまたま「八味丸を飲み始てからぐっすり眠れて、日中の疲労感がなくなった」という別の患者さんが来たので調べてみると、八味丸はまさに「腎気丸」と言われ、腎虚を治す漢方薬とのことでした。腎虚は疲労の他、不眠や、生殖器(不妊)、排尿に関係した症状が現れやすくなるとのことです。その他、中高年の高血圧、坐骨神経痛に有効との報告があります。



また東洋医学では、1)気の上昇(不安焦燥)、2)気うつ(抑うつ気分)、3)気虚(意欲低下)のように分類され、それぞれ黄連解毒湯、六君子湯、八味丸(八味地黄丸)が有効とされています。

徳川家康は60歳を過ぎてから八味丸を愛飲しており、73歳という当時では驚くほど高齢まで生きました。ちなみに豊臣秀吉は61歳、織田信長は49歳(自害)と短命です。

また、自然妊娠困難で体外受精を繰り返して不成功になった後に八味丸を服用して、半年で自然妊娠した症例報告もあります。腎(体内のエネルギー)は、漢方医学的には28歳で最高となり、それ以降はえ始めると言われています。腎を補う(補腎)代表的な漢方薬である八味丸は副作用もほとんどなく、小さな粒にかためられているので飲みやすく、気になる症状がある人はぜひ試していただきたいと思います。



私も1週間前から飲み始めました。ぐっすり眠れ、気力も充実する感じ?がします。薬価は一粒1円、1日60粒×30日で1800円の3割負担なので、月540円です。漢方薬局で購入すると6~7000円します。添付文書上の効能・効果は「下肢痛,腰痛,しびれ,老人のかすみ目,かゆみ,排尿困難,頻尿,むくみ」です。

以上です。

(参考文献)
体外受精を繰り返した後に、ウチダの八味丸Mを 服用して自然妊娠に至った2症例
https://www.philkampo.com/pdf/phil67/phil67-06.pdf
戦国武将の養生訓(新潮新書)
2025.01.16 13:09 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 健康一口メモ
その68 行動活性化(Behavioral Activation)
先日SNSである東大生が「「勉強し始めるとスイッチが入って、勉強が続けられるようになる。5分だけでいいから勉強しようと思うことが大切なんです」と話していました。


このことはまさにうつ病に治療に応用されている「行動活性化」と一緒です。


「やる気がでないんです」と言う人がよくいますが、気分が乗らなくても5分でいいからやってみるのです。5分やって続けられないと思ったらやめてかまいません。


不思議なことにやり始めてみると少しずつ意欲が出て、思いのほかその行動に集中できることがあります。行動によって脳からドーパミンというやる気のホルモンが放出されることがわかっています。また、エンドルフィンという快楽のホルモンも分泌され、気分がスッキリします。


止まっているとネガティブな考えがぐるぐると頭の中に回り始め、何もできなかったとことに対して自己嫌悪に陥ります。それが抑うつ気分に悪循環です(下図)



どうしてもやる気が出ないときはあります。そのようなときは、すぐに取り組みやすい行動(エントリー行動 )をいくつか揃えておきましょう。


例えば、大きく伸びをして深呼吸する、手をグーパーする、あくびをする、腹を凹ませる、目を大きく開くなどです。これらを行うと脳からドーパミン、エンドルフィンが出てやる気スイッチが入りやすくなります。


行動を起こすことで気分が良くなり、更に行動を継続するという好循環が得られ、倦怠感と意欲低下の悪循環を断ち切ることができます。ただし、下図のようにうつ病の病相期では、無理に行動を起こすことは避けて、ゆっくりと休息をとります。



行動活性化はもともと認知行動療法という精神科治療の一部ですが、一般の人々のウェルビーイング(心身の健康と幸福)にも応用可能であることが研究で示されています。人間の幸せ(happiness)は、多くの正の気分と少ない負の気分の組み合わせからなり、人生に満足している状態です。それは必ずしも大きな家に住み、大きなテレビを所有するだけでは得られないものです。


人間の環境において嫌なことを避けることは、一時的に自分の気持ちを楽にさせますが、長い目で見たときに自分の成長を妨げることになります。幸福は、行動を起こすことで得られるのです。


以上です。


「Behavioral activation interventions for well-being: A meta-analysis」(DOI:10.1080/17439760903569154)
2024.12.09 12:00 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 健康一口メモ
その67 冬のスキンケア(ステロイドによるプロアクティブ療法)
秋冬は空気の乾燥により、角質の水分が減少して、皮膚のバリア機能が低下します。女性の皆さんは化粧水、日焼け止め、乳液、美容液などでこまめに肌のお手入れをしていると思います。

保湿剤(moistulizer)には、ワセリン(油性、個体)やセラミドのように皮膚にバリアを作り皮膚中の水分蒸発を防ぐエモリエント(emorients)と、グリセリン(水性、液体)やヒアルロン酸のように皮膚の中に潤いを与えるヒューメクタント(humectant)があります。つまり化粧水(ヒューメクタント)で水分を与えて、乳液でそれが蒸発しないように蓋(エモリエント)をするのです。

ところが、敏感肌の方(花粉症、じんましん、喘息、湿疹ができやすい方)は、化粧水や乳液の使用をおすすめしません。これらに含まれるエタノールや香料が肌に刺激を与えるため、皮膚に炎症を起こしてしまうからです。



上の表は保湿力の強さを物質ごとに並べたものです。セラミド、ヒアルロン酸、コラーゲンはいずれも皮膚を構成する物質で、水分保持機能が高い反面、バリア機能は高くありません。グリセリンも液体であり、吸湿性は高いもののバリア機能はワセリンにかないません。そこで保湿効果が最も高く、低価格のワセリンがおすすめです。

ワセリンは皮膚から水分の蒸発を抑えるだけでなく、皮膚からの熱の発散も抑えるため、塗ったところはじんわりと温かく感じます。また、肌擦れを防いだり、花粉やハウスダストの鼻への侵入を防ぐ作用もあります。デメリットはベタつきがありますが、ティッシュで抑えて10分ぐらいすると気にならなくなります。

最近はオールインワンと言って、化粧水、乳液、サンスクリーン、ファンデーションが合わさったDDクリームなどがありますが、刺激物が多く、皮膚表面の保護は必要です。ワセリン、サンスクリーン、ファンデーションを順番に塗るのがいいでしょう。



図のように、年配者の肌は若年者の肌に比べ、角質層(細胞の核がない表層部分、厚さ0.02mm)の配列が粗いのがわかります。つまり、年配者では、どんなに皮膚に潤いを加えても、それを閉じ込めるエモリエントが重要になるのです。



ステロイドのプロアクティブ療法*
正しいスキンケアを毎日行っていても、肌が乾燥したり赤くなったり痒くなったりする人は、保湿だけでは症状は改善しません。正常な肌にステロイド軟膏(白血球の働きを抑えて炎症を抑える)を週に1−2回塗ることで、副作用なく皮膚の炎症を予防することができます。塗り方は、左図のように1gの軟膏を両手の指先でよく伸ばして、トントンとタップします。目安は1gで両掌の面積です。炎症を起こしやすい部位は、顔や手の他、肘膝、下腿(膝から下)、乳頭、ウエストラインです。



以上です。                 *皮膚科学会 https://www.dermatol.or.jp/qa/qa1/q11.html 当院では2倍量の塗布を推奨しています。
2024.11.11 10:47 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 健康一口メモ
その66 寒くなる前に受けていただきたいワクチン
1. インフルエンザワクチン

下の図は東京都健康安全研究センターが発表しているインフルエンザの定点観測の5年比較グラフです。注目すべきは2020年4月頃から2022年の12月頃まで、インフルエンザがほぼゼロになっていることです。安倍元首相の提言で、2020年3月2日から春休みまで全国小学校の小中高校が、一斉に臨時休校になった時期と一致しています。


インフルエンザのピークは通常は1−2月ですので、年内にワクチンを打てば間に合いますが、昨年は11月頃から急に増えています。インフルエンザは核タンパクの種類によってA、B、C、D型があり、人に感染するのはA,Bのみです。A型は 膜タンパクの種類により、HA(ヘマグルチニン)16種類、NA(ノイアミニダーゼ)9種類の組み合わせで、144種類の亜型があります。その中でも1918年から40年続いたスペイン風邪(H1N1)、1968年から主流となった香港型(H3N2)、2009年に新型インフルエンザまたはブタインフルエンザと呼ばれたH1N1とB型2種類(山形型、ビクトリア型)が有名です。


その他稀ですが、H5N1やH7N9の鳥インフルエンザが人に感染する場合があります。インフルエンザワクチンは、通常H1N1、H2N3、B型2種類の4価のワクチンが使用されます。インフルエンザワクチンの最も大きな効果は、「重症化」を予防することです。 国内の研究によれば、65歳未満の発病予防効果は70~90%、65歳未満の発病予防効果は70~90%、65歳以上の高齢者福祉施設に入所している高齢者については34~55%の発病を阻止し、82%の死亡を阻止する効果があったとされています※1。

2. 帯状疱疹ワクチン

帯状疱疹は、幼少期に罹患した水痘ワクチンが、脊髄神経節内に感染し、疲労や感冒など免疫力が低下した際に帯状疱疹として神経に沿って出現します。米国では50歳で定期接種されていますが、日本では任意接種ですのでほとんど受ける方はいません。今までは水痘用の生ワクチンが使用されていましたが、2020年1月より不活化ワクチンの「シングリックス」が発売されました。製薬会社のコマーシャルが盛んに放映されていま
すので、問い合わせが大変増えています。

シングリックスは値段が高く(1回22,000円、2回接種)局所の腫れが強いので、免疫力低下がないと考えられる方は、これまで通り水痘ワクチン(1回8,800円)を選択されるのが良いと思います。


水痘ワクチンは2016年3月より「50歳以上の帯状疱疹予防」目的で接種可能となりました。生ワクチンですが、医師が必要と認めれば、他のワクチンと同時接種も可能です。シングリックスに比べますと発症予防効果が低い(10年で20%抑制)と言われていますが、米国の水痘ワクチンよりも力価が高く(約30,000pfu)、小児用をそのまま帯状疱疹ワクチンに使用できます。副反応もほとんどありません。ただし、生ワクチンのため、免疫不全の方(白血病、抗がん剤使用中、AIDS)には使用できません。

3. 肺炎球菌ワクチン

元々肺炎は、がん、心血管障害に次いで、がん死亡順位第3位の疾患でしたが、2017年から死因に誤嚥性肺炎肺炎が追加されたため、現在は第5位になっています。変わって2019年から老衰が3位の座をキープしています。成人肺炎のうち肺炎球菌が原因となるのは、17~24%と報告されています(国立感染症研究所)。肺炎ワクチンには小児用のプレベナーと成人用のニューモバックスがあります。前者は主に細胞性免疫を後者は体液性免疫を賦活すると言われており、65歳以上あるいは喘息、高血圧、糖尿病などの基礎疾患が亞ある方は誰でも打つことが推奨されています。

日本では65歳になると各自治体から接種券が届き、接種料が無料あるいは助成されますが、基礎疾患のある方はなるべく早めに打つことをお勧めします。米国疾病管理予防センター(CDC)によれば、

①65歳未満で喘息、高血圧、肥満、糖尿病、免疫抑制状態にある人は、プレベナーを最初に受け、8週後にニューモバックスを受けること、

②65歳未満で接種歴がある人は、5年以上空けて65歳以上でもう一度打つこと、

③65歳以上では1度接種すれば良い(平成21(2009)年より5年以上経過していれば再接種が禁忌でなくなりましたが、再接種による効果は証明されておらず、発熱、腫脹などの副反応を認めるため単独接種で良いとされています)、

と記されています。

4. 日本脳炎ワクチン

2004年までは日本脳炎ワクチンが任意接種でしたので、ほとんどの方が未接種になっています。日本脳炎ウイルスはコロナウイルスやインフルエンザウイルスと同じRNAウイルスです。日本人が欧米人と比較して新型コロナの発症率が低かったのは、日本脳炎ワクチンと種痘(天然痘ワクチン、1976年以降中止)のお陰と言われています。

(番外ワクチン)新型コロナワクチン

本年10月より65歳以上(65歳未満で身障1級程度の者含む)の定期接種(自己負担額は自治体による)が始まりました。コロナウイルスはRNAウイルスで、体内に過剰な抗原タンパクが産生されるため、臓器の炎症(心筋炎)や血栓(脳梗塞)など重大な後遺症をきたす可能性があります。

2024年9月6日の厚労大臣の記者会見で、新型コロナワクチンによる死亡認定者は777人に達しており、一人当たり4500万円の補償金が支払われています。2021年4月に高齢者から始まり、同年6月から対象年齢が12歳以上、2022年9月からは大人の3分の1の量で5歳から11歳も接種対象になりました。

現在日本で薬事承認されているものは、mRNA(ファイザー: コミナティ、モデルナ: スパイクバックス、第一三共: ダイチロナ)、遺伝子組み換え(武田: ヌバキソビット)、レプリコン(Meiji Seika ファルマ: コスタイベ)の5種類ありますが、今回は何故65歳以上のみ定期接種となったのでしょうか。医療従事者も任意の接種になっています。

まとめ(私見です)

インフルエンザは毎年、帯状疱疹は50歳から生ワクチンを10年毎、肺炎球菌は65歳から10年毎に2種類、日本脳炎は40歳から10年毎に受けるのが良いかと思います。それぞれのワクチンの発症予防効果は70%前後で決して高くはありませんが、副反応が少ないものを定期的に打つことが望ましいと考えます。
2024.10.11 17:32 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 健康一口メモ

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