その59 男性更年期障害もあるの?
精神科の診療をしていると、気分の落ち込み、倦怠感、不眠、食欲低下など、いわゆるうつ状態の男性が「男性更年期障害ではないか」と質問されることがあります。


一般に更年期障害とは、女性ホルモン(エストロジェン)が大きく減少する45歳から55歳の女性の様々な症状を指します。それと同様に男性ホルモン(テストステロン)の低下でも、身体症状(身体の痛み、筋力の低下)、精神症状(抑うつ気分、不安、不眠)、性機能症状(性欲減退、勃起力の低下)が見られると言われています。


2002年に泌尿器科学会より「LOH症候群(Low-onsetHypogonadism:加齢男性性腺機能低下症候群)診療ガイドライン」が初めて発行され、2007年、2023年にも発行されましたが、LOH 症候群は ICD-11 (国際疾病分類第11版)には収載されておらず、日本でも保険病名ではなく、その病態は明らかになっていません。LOH症候群の症状は下図のとおりです(日本内分泌学会サイトより)。



上の症状は、うつ状態の症状とイコールではないでしょうか。


うつ状態と男性更年期を見分ける方法は、テストステロンを測定することですが、一般の精神科診療において、テストステロン値を調べることはしません。


ガイドラインでは総テストステロン(TT: total teststerone)値の閾値は250ng/dL、遊離テストステロン(FT: free teststerone)値の閾値は測定方法にかかわらず 7.5pg/ mLとしています。この基準から判断しますと、40 歳代の約 10%、50 歳代の約 20%、60 歳代の約 50%が FT 値の境界領域以下と報告されています。本邦においても高齢化が進み,LOH 症候群の有病率は増加していると思われますが、近年行われた LOH 症候群の疫学調査はありません。


遊離テストステロンの単位(ピコ: ナノの千分の一)を見ても明らかなように、測定値の不確実性が指摘されています。「日内変動もみられるため、朝食抜きで午前中の採血を4週間間隔で2回行う必要があり、LOH症候群の生化学的診断は世界的にも合意に達していない」とガイドラインに記されています。これでは、検査と治療に大変な手間と時間がかかります。


現在、一部の泌尿器科で行われているホルモン補充療法は、テストステロン注射薬を1−2週間おきに3ヶ月行い、症状の変化を見るものです。費用は1回1−2万円。中には男性性機能不全(声変わりや髭などの二次性徴が発来しない病気)の診断で、テストステロン注射を保険適応で行う場合があり、その際はその際は3割負担で2000円程度となります。

女性では45歳から55歳を更年期と呼び、その時期に見られる症状は様々であり、女性ホルモンであるエストロジェンを補充することで、症状の劇的な改善を認めることがあります。一方下図のように、男性ホルモンであるテストステロンは、50歳頃から徐々に減少しますが、85歳においてもピークの7−8割は認められることから、エストロジェンの補充ほどは劇的な効果は認められないのではないかと推察されます。



https://www.asahi.com/relife/article/14257034(朝日デジタルサイトより)

以上より、当院では「男性更年期障害かもしれない」と訴えて受診した場合は、①生活習慣の改善(生活リズム、運動、食事、嗜好品)、②副作用の少ない抗うつ薬③傷病休暇(3ヶ月から1年の自宅療養)をお勧めします。


というのも、私は医師になって35年になりますが、うつ状態でテストステロン補充療法を受けて、症状が改善した人を1人も見たことがないからです。その反面、上記②の方法ですと、肌感覚ですが、3人に2人程度で症状が改善する印象があります。


最後になりますが、私自身はLOH=うつ状態と考えますので、男性更年期症状に対しては、ホルモン補充療法ではなく、上記の①から③をお試しになることをお勧めします。ホルモン補充療法は、お金と時間の無駄になるような気がします。


繰り返しになりますが、男性更年期障害(年が更(あら)たまる時期の諸症状=加齢変化)はあるとは思いますが、それに対してホルモン補充療法は第一選択ではないと考えます。


以上です。


(参考)
日本泌尿器科学会 LOH 症候群(加齢男性・性腺機能低下症)診療の手引き 2007年 2022年
2024.03.04 10:52 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 健康一口メモ

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